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ようこそ,hidekatsu-yanagi.comへ! 2024年11月28日 |
| 自己を形成したコトモノたちが垣間見える過去の文章をご紹介させていただきます. |
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| 柳英克「素の彩り」展 | ||
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No1:リリアン |
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長崎県の雑煮や奄美の鯛素麺をルーツとする我が家の特製鍋料理は、塩味が薄くて「味がない」が転じて「不味い」と感じていました。塩味は味の主役であり、旨味は味の脇役ではないでしょうか? 家族を横目に「塩味あらへん……」と鍋から取り分けた器に、テーブルソルトで味を調えるのが私のルーティンでした。 大病を経て食欲不振に陥ってからは、食に対する健康への意識が芽生え、主役不在かのように感じていた我が家の特製鍋を、ありのままで受け入れるようになりました。舌が塩味の薄い料理に慣れてきた頃、食の脇役に甘んじていた旨味が次第に立ち上がってくるのを実感します。しいたけ・昆布・かつお節に鶏の出汁、野菜の渋み・苦み・雑味そして甘みが調和する豊かな味わいの美味、タンパク質の弾力に呼応する慈しみに満ちた味わいの美味に驚きました。 食物の味には固有の刺激の強度があり粒度があり、それらありのままの個性が意識にのぼったとき、きっと意味のある情報として認識されるのでしょう。 食から「無味の美味」という概念の気づきを得て、意識の奥深いところに存在していた……ジョン・ケージの「4分33秒」から「無音の佳音」、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」から「無視の可視」という概念を見つけました。そこから情報に埋もれ見過ごしていたものたちが、次第に意識の表面にのぼり見えてきました。 幼い頃、象に憧れ夢想して絵を描いていたこと、彩りを紡ぐ「リリアン」という手芸道具のおもちゃに夢中になっていたこと、手で紡いだ彩りが伸びていく光景、それらが鮮明に蘇ってきました。 「素の彩り」展に向けて、はじまりの一筆として描き始めた試作の絵が「作品No1」です。いま、この彩りがまるで「リリアン」で紡いだような彩りの光景に繋がることに驚いています。 釣りの世界に「鮒に始まり鮒に終わる」という言葉があるように、人生終盤を迎えたいま、「彩りに始まり彩りに終わる」という、新鮮で深い経験を再び見つけたという感触があります。 日常のなかに潜む、飾らないものの豊かさ、見過ごされがちな感覚の奥にある、素朴で深い彩り……「素の彩り」展では、日常にひそむコト・モノの断片を、見つけて・考えて・すくい取って、「リリアン」のように彩りを紡いでいくことを試みています。 |
| Project Statement for 'Dream Timetable' | ||
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「夢の時間割」プロジェクトの拠点,「高津川テラス」の全景 |
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「夢の時間割」プロジェクト 2025年4月1日 |
| Message for Inbe ArtSpace | ||
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1300年の伝統を持つ阿波和紙の里徳島県吉野川市「いんべアートスペース」において柳英克「素のかたち」展を開催する運びとなり大変光栄なことと感謝しております. かつて・・海外での個展で「アーティストの独自性」について問われ戸惑ったことがあります.表現における独自性には執着していましたが,育った国や環境から受ける影響について意識することが無かったからです.後に,より日本的な生活様式を辿り古都金沢の市街地から築100年里山の古民家に居を移しました.地域の生活や風習に馴染み人々との交流を深め,野生の食材を持ち寄り酒を酌み交わす.身近な生き物や草花に生命の営みや形態が見えてくる.光を浴び風を感じやがて日々の体験を蓄積して紡ぐ作品には「アーティストの独自性」が宿るはず・・と思えるようになりました.新しい作品は古民家のアトリエに地域の人々を招いて公開し,後に異なる文化圏で展覧会を開催する・・というコンセプトから改めて創作活動を始動しました.その後2000年に函館へ移転し20余年の教育研究生活の間に創作活動のコンセプトは変遷してきましたが,四半世紀を経た原点回帰ともいえる「異なる文化圏」での制作と展覧会の機会に恵まれたことが嬉しく,未知の環境や地域の方々との新たな出会いと交流を心より楽しみにしています.2023年12月1日 |
| Message for FUN ーデザインを通して人間を考えるー | ||
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手探り状態でスタートしたデザイン教育公立はこだて未来大学に来る以前は金沢で創作活動を7年間ほど行っていました.静止画プリントから始まり,静止画から布プリント,布プリントから光る作品,光る作品から映像作品へと,自分のアイデンティティとなるアートの表現手法を探っていました.大学に参加したのは,アナログの作品がランダムに変化するデジタルの映像作品にシフトした後のことです.未来大開学の企画を担っていた(仮称)函館公立大学開学計画策定専門委員会の方から金沢美術工芸大学の黒川先生経由でお話をもらい,自分の作品の制作環境を何十倍にも拡張したような未来大のデジタル環境に強く惹かれ,函館に移って来ました. 大学開学当初は「情報デザイン」という言葉や概念は一般的ではなく,具体的なカリキュラムプランも教育手法もなかったと思います.まずは担当する各教員の専門や経験にもとづいて,それぞれが課題を考えてやってみようと,非常に自由なスタートでした.美術大学ではない非デザイン系の大学で,デザイン教育で何ができるのかを模索しながら,実験的にいろいろ試してみました.身体表現の課題を課したこともあり,ある動くオブジェクトを作って,そこから動きの要素を抽出して体で表現してもらうというものです.情報デザインと聞いて授業を受けていた学生たちは「何をさせられるんだ」と驚いていました. 個性を多角的に評価し認め合うデザイン教育デザイン教育や造形教育の難しいところは,マニュアル化できないことです.デザインは最適化が肝要で,同じデザインでもこの場合にはいいデザインだけど,別の場合にはダメというように,何が最適なのかはその時々の条件によって変わるわけです.標準的解答を持たず,点数で評価できないものをどう評価するのかを考え,答えをみつける過程を共有する方法として学生同士の「相互評価」を行いました.この評価方法の相乗効果は,お互いの作品のどこをどう良いと思ったのか,良くないと思ったのかを言語化することで共有し,学生自身の評価する力につながったことです.それは次に何かをデザインするときの起点となる考えを育てることになりました. その中で一つ印象に残っている作品があります.造形の課題で,鳥の形の中から美的な要素を抽出して,粘土で作るという課題を課した時のことです.多くの学生が鳥の流線形や翼をモチーフにした彫刻的なオブジェを創ってきた中で,小さい卵のようなものを創った学生がいました.造形的にはそれほど美しいとはいえず,どういう意図かをその学生に問うと,「持ってみてください」と言います.それで持ってみると,ものすごく重い.その学生は,小さい塊を見た目より断然重くして,命の大切さを表現したって言ったんです.これは,鳥の形や色といった造形的な要素=「モノ」の他に,鳥の命といった「コト」を数値的な重さやサイズといった情報に置き換えると表現になるという,情報デザイン的な示唆に富んだ作品だと驚きました.そのような作品を見合う中で得た発見を,私たち教員も学生たちも共有することを大切にしていました. このような深い議論は大学だからこそできる教育です.小中高の教育はある程度客観的評価が可能でなきゃいけない.そのため,見た目が美しいかどうかなど共通認識の得やすい評価に偏りがちだと思います.大学では,見た目はよくないけれど命の重さをよく表現できているというように,それぞれの個性的な表現を尊重しながら,多角的に評価できる柔軟な授業ができます.特に未来大自体が大きな志のもと,まったく一から創った大学でしたから,カリキュラムや評価方法も模索と発見の連続でした. 退職後はリタイヤじゃなく、新入生になるこうして20年間経ったわけですが,退職後はこれまで自分がやってきたことを活かしながら,地域貢献や社会貢献,人材育成といった,人のための活動をやろうと思っています.すでに新しいプロジェクトも始動しており,京都の知人のプロジェクトのアドバイザーや,沖永良部島での和太鼓のワークショップなど,いろいろと次の構想を考えています.1年くらい前までは「退職=リタイア」のイメージがありましたが,今は新入生になるような高揚した気分です. 未来の学生へ~人間本来の身体性、思考性を考える見識の高い人に~大学で20年間学生に伝えてきたことは,デザインの手法そのものよりも,表現を通じて自分のアイデンティティを辿る体験の重要さ,面白さでした.デザインというものは企業の営利を追求するための活動でもありますが,単に営利を追求するだけでなく,人間とはどうあるべきなのかを考えられるようになってほしいと,言ってきました. それはそもそも人間のことを知らなければ考えられないことです.人間の身体は遺伝子レベルで20万年くらい前から変わらず,解剖学的には5万年前と現代とは全く同じであると言われています.身体が変わらない中で周りの環境だけが変わっている今,人は人工的な環境に無理に適応しようとしていないだろうかと,疑ってみるといいと思いますよ.未来の学生,卒業生には,合理性や利益だけでなく,人間本来の身体性,思考性に立ち返って考えられる,見識の高い人になってほしいと願っています. 2021年3月 Messagn for FUN インタビュー |
| Message for CAMP | ||
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ずーっと昔の幼い頃,象の絵ばかり描いていました.象の計り知れない大きさとユニークな鼻が,幼いイメージを荒唐無稽な夢の世界へ誘う「潜り戸」となって,取りとめのない夢を見せてくれました.象の絵を描く行為はその「潜り戸」を「通る儀式」だったのです.それは夢想への「気付き」と「動機」とも言えます.そして,「気付き」の対象は象から次第に拡張していき,夢想するメディアとして絵を描く行為そのものが好きになりました. 造形作家としてTVの造形番組や絵本の仕事に携わるようになり,幼児の教育現場にも出向くようになりました.そこで,子供の遊びとして最も象徴的な「見立て」が幼い頃の「潜り戸を通る儀式」とおなじであり,「気付き」や「動機」を伴うとても高度な造形活動であることを認識しました.しかし,このことは幼児以外の造形教育の現場ではあまり注目されておらず,むしろ排除されてきました.それは「見立て」のような「気付き」や「動機」を促す教育は知識や技術の教育と違って成果が見えにくく評価も難しいからです. CAMPのワークショップの思想には「気付き」や「動機」に対する取り組みがあります.この良質なワークショップが,「見える成果」を優先する教育文化にあって,子供たちに最も必要とされる学びの活動です.また,CAMPの活動には営利を優先しないからこそ為し得た貴重な成果があると思います.このことを踏まえて,さらにワークショップという学びに取り組み,教育文化向上のための活動を継続していただきたいと思います. 付録:幼い頃の鮮烈記憶ベスト3
2004年08月18日 |
